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心残りの本 [本・執筆]


 
図書館で借りても、読み切れない本があるものです。
期日が来て返却して、予約者がいなければ借り直しします。
 
借り換えて安泰とは行かないのが書籍の類です。
買った本や雑誌など、平積備蓄の本も存在します。
 
時間も機会も有限なので、取捨選択しないとなりません。
読み切れそうに無ければ、借り直しせずに返却するのでした。
 
心残りですが仕方ないのですがこれも運命。
ネットの書籍販売サイトから謳い文句を収集して保存し、次に活かします。
 
ある意味では便利な時代です。
 
 
 
 
 




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出会いと別れ [本・執筆]


 
春を過ぎて、何となく執筆がはかどりました。
書かずに悩むより、書いて後悔する方が合ってると分かりました。
基本的に駄作や愚作の積み重ねが自分流のようです。
 
数打てば当たるという名言があります。
一発秘中は天才の才能ですから、凡人には真似ようがありません。
 
矢や玉、砲弾を惜しんで負けるより、数で圧倒する方が技能・技術は要りません。
必要なのは財力ですから。
 
でも多くの資金が必要なのですね。
自分がしているのは創作活動で、戦闘行為ではないのです。
打つべき砲弾や弾丸は、短編、掌編、中編やショートショートです。
 
打って着弾点を望遠鏡で見れば、次の精度や方向、角度も分析できます。
実行力と分析力を身につけるのは経験だけですから。
 
一度投稿すると使い回しが禁じられるのが文学界です。
マンガは構わない世界なので、紙本の世界は多くのシキタリがあるものです。
脚本は見直しを掛けてタイトルや登場人物、時系列を変えれば投稿可能ですね。
 
いきり込んで作った作品も、落選すればゴミとなります。
自己完結の出会いと別れです。
さみしい思いをします。
 
打ち込んだ分だけ、失望を重ね続ける世界です。
 
 
 
 


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秋のホラー話には? [本・執筆]


 
人間が好むお話しは、意外性が必要です。
予測がつかなくて意外性に富んで、その落差が大きい方が好ましいのです。
それでミステリーやサスペンス、ホラーが好まれます。
 
でも予備知識が無いとワカラナイお話しは敬遠されます。
大昔は分らない事を知る為に本を読んだので、難しい方が有り難かったのです。
それで本を読む事が推奨されて、本読みの人は物知りだと一段高く持ち上げられたのでしょう。
 
今は何でもかんでもスマートホンでネット検索する時代です。
予備知識を求められる行為が嫌悪されます。
それに学習成績優先に価値が求められるので、落ち零れを自覚した瞬間に学習意欲が憎悪に転化されます。
 
そんなことで本読みも減って文芸本は売れず、雑誌や漫画も売れません。
ゲームの世界やファンタジーへ逃避する傾向が強くなって、ゆるキャラが持て囃されます。
そのゆるキャラも乱造されて、人気に陰りが見えて来ました。
こちらの世界にも格差が生じているようです。
 
そんな時こそホラーですね。
人間の根幹を揺るがす恐怖に、時代も世代も関係ありません。
恐くないよとイキガルだけで、心底恐れを抱くのが人間です。
人間の本質は、分らない事が恐いのです。
知識の範囲を超えたら、更に絶望という調味料やトッピングが増されるのです。
 
そんなことで、季節に関わらず恐怖に震えるのでした。
今日もホラー本を貸し出して来て、独り震えていました。
それに朝晩の冷え込みが重なって、心身共に寒いのです。
 
冬のアイスは暖房室で美味しいのですが、秋のホラーは心身が深々まで冷えます。
 
秋の夜長はホラーですね。
 




 

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思い当らなくて当然か~? [本・執筆]


 
創作作品の書き出しが一番大変です。
何を書くか、どう書くかを考えなくちゃイケマセン。
 
芝居だけしていた頃は、どの様に演じるかだけ考えていれば良かったのです。
でも作品を自分で手掛けようと思った時が地獄の一丁目だったのです。
 
最初は書きたい物があって、それに取り組めばよかったのです。
ですが3作品も作れば、もう心の内側から何も出て来ません。
 
そこから書くのがプロだと、脚本や小説の指南書にあります。
つまりアマは書けなくなったら筆を折って引退するのですね。
 
だから二次創作が流行るのでしょう。
巷のアニメや漫画好き界隈では、二次創作が主流でクールジャパンとか言われています。
 
けれどオリジナルに取り組む人は、七転八倒しながら作品を捻り出しています。
その一刀入魂作をクズとかゲス呼ばわりする利用者です。
 
現在も投稿落ちしている私は、誰にも見向きもされないで朽ちて行くのです。
陽の目が当たる時は、朽ちた先に延びたキノコや苔が枯れる時です。
 
見知らぬ他人に評価されるには、専門家の目に留まるのが最初です。
それまではジワジワと生き延びるしかありません。
 
枯れたアイデア頭に何かを思い当てるよう、苦しみ抜く毎日です。
一日中、白い紙や真っ白な画面を見つめていても、何ら不思議はありません。
 
創作への第一歩は、真っ白な世界です。
 



 


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皮肉はブラックですか? [本・執筆]


 
自分の隠れた性格は、創作執筆をしていると理解出来ますね。
滲み出るというか、湧き水のように噴出したり、様々に現れ出でます。
 
作品を読み返しては、これが本当の自分の心象かと納得するのです。
他人に指摘されると拒否感に包まれるのですが、自作となれば妙に納得です。
 
それでも表と裏の違いが大きい人には、受け入れ難い現実でしょう。
根っから黒い方ですと、思い掛けない白さに驚いたりするかも?
 
ドラマの胸キュン現象で頻繁に扱われるのが、黒から白が見えた時です。
周囲に嫌われるのが、白から黒い斑点が見えた時ですね。
 
結果的に同じでも、好き嫌いが逆転するのです。
見ている方の我が侭でもありますが、人間の特性は特性として承知したいところでしょう。
 
作品に時代の特徴を黒く染み付かせながら描くと、とても楽しいです。
何だか作家として世間に復讐している見たいで痛快なのです。
 
得体のしれない世間は、妖怪のようなモノです。
そこに向けて攻撃を加えているみたいな気分ですから。
 
何度も挫けて挫折し、虚脱感に包まれても、創作の快感は必ず訪れます。
それを理解した時に、創作意欲は枯れずに湧き出ます。
 
湧き出た泉が皮肉色に染まっても、個人的には満足です。
読まされる方がどうのように思うか、まったく予想出来ません。
 
結果はともかく、作りたい気持ちを抑えない。
それが作家魂を腐らせないための、唯一の手段だと思うのでした。
 




 


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だめ出ししなくちゃ? [本・執筆]


 
あえて避けていたのがダメ出しの手法です。
推考といっても差し支えありませんね。
見直しよりも深い意味合いの方での推考です。
 
苦心惨憺して一気書きした作品を、切った張ったしたくないのです。
出来た作品は、自分自身だと数ヶ月くらい思えてならないからです。
 
でも小説や脚本の指南書には、見直しにこそ時間を掛けるべきと唱っています。
書き上げた作品は、初期試作品なのですね。
 
何事も先達の知恵が指南書や技法書に反映されています。
真摯に受け取っても心の底では反発するものです。
それが人間の個性という特性でしょう。
 
気持ちを切り替え、考えを改めるには長い年月と失敗に反省の積み重ねが必要です。
君子豹変できるのは、人知を越えた人物くらいでしょう。
 
ならば職業意識として、習慣・因習にするしかありません。
だからこうした行動や意識を、宗教と呼ぶわけですね。
 
正しいモノは正しいので、受け入れねば成りません。
凡人が人並みになる最終手段が見直しなのです。
 
ああ、辛い決断です。
これが作家への、第一の困難なのでしょう。
 




 

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何でもアリ=何も無いみたい [本・執筆]


 
作品を作る時に、応募サイトの『課題無し』『テーマ無し』は辛いものです。
 
書き始め初心者だと、書きたいことや主張したい内容が多くあります。
これをアイデアに転換して書き進めると、やがて何もなくなります。
 
表現したい物を多く持っている人で5作。
普通の人は3作の中編小説や、1時間枠脚本を書くと足し尽くしてしまいます。
 
そこから一文字も書けないのが普通です。
自分もそうなってしまい、舞依かい地獄を味わいます。
 
各講座でプロの方に聞くと『取材』と言っていました。
もしくは依頼者から資料を山のように貰って、課題を出されると何とか書けるそうです。
 
得意技で何本か書いて、中堅になって消える作家は数知れずいるそうです。
兼業作家は本業に戻り、定年間際に書き始めた作家は年金貰った頃に消滅します。
はやくに学生期に書いた作家は社会人になって、進路を確定するまで休眠。
作家の末路は、大抵が決まっているとか。
 
あとは大学の講師や教授になる、小説教室の講師、芸能人、企画者などの道もあります。
名前と顔が売れると、講演とかの依頼も入るので細々と生き永らえる方もいます。
 
何でもありで何時までも書ける人が本物らしいです。
それは天才・秀才・凡人の区別なく、苦労人らしいです。
 
更に作家は『個人商店経営者』や『独り親方』であります。
大きなモノに撒かれたり、世間に翻弄される生き方です。
 
一作書いては失業するので、俳優や芸能人と同じだとか。
とても不安定で、安定感が好きな人には向かない生き方のようです。
才能があっても、不安症の人には不向きだそうです。
 
何かしらのコネを持たないと、未来が見えないのだそうです。
だから西洋文化圏では、才能のある人に高額報酬を支払うそうです。
神から授かった才能に相応しい報酬を与えることは、神の道に従う事だそうです。
 
才能に対して、格安の支払いで使い倒す日本流は神罰の対象になるみたい。
 
何事でも、当たる・当たらないで人生がドンデン返すのが芸事のようです。
人生で博打を打つようなものですね。
 




 


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何とか形になっている [本・執筆]


 
『穴だらけ』とか『突っ込み処満載』と表現される愚作があります。
自分が作った10年近い前作の出来栄えはそんなレベルです。
 
懸命に努力して、今のレベルに持って来れたのですが、10年後にはキット……。
なのでしょうね。
 
それでも今よりも若い中年の私です。
作品に少しだけ若さとか、突進力が見られます。
 
経年劣化は機械も身体も思考も、同じく平等に進行します。
避けて通れぬ必然性だと思います。
 
その分だけ、経験値を増して目が肥えたらと思うのです。
経験は、努力や失敗が生み出す時間の為せる技でしょう。
 
旧作を見ながら手直しをして、どうにも出来ない所はそのまま通してしまう。
何とか成りそうな所は、何とかしておきました。
 
バージョン2になっても愚作は愚作、駄作は駄作です。
それでもリライトの経験が積めました。
 
経験は挑戦によって得られる果実でしょう。
また10年後に技術が増したら手直してみたいですね。
 
こうした旧作の循環系も、輪廻転生の一つでしょう。
自己世界感を、神の如く手を加える権利と愛があるのです。
 




 


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朝活をしてみたけれど [本・執筆]


 
執筆をするのに夜型と朝型があるそうです。
場合によっては、曖昧で深夜起きみたいな作家もいるそうです。
 
童謡の『朝一番早いのは?』みたいに語れば、執筆業も入るかも?
農家のように早く寝て、豆腐屋さん、パン屋さん、新聞配達みたいに起きるのです。
 
特徴的なのは、夜型の作品は情緒的で支離滅裂に至り易いです。
深夜まで押して書くと書き直しや削除の憂き目になります。
 
深夜型はロスが多いのが特徴的です。
私も度々経験しては、後で赤面するのですね。
 
朝方は試したことないから、昨晩早寝して実施したのです。
これはとても好ましいかも知れません。
 
寝起きで考えられるのか心配したのですが、心配無用、懸念不要でした。
意識が遠くて思考が練られずとも、作品の悪影響を考えなくて構わないみたい。
 
合理的に、単決に文面が構築されて行きます。
思い掛けない展開も、自発的に想い出て来ました。
 
問題があるとしたら、昼過ぎに眠い事でしょう。
猛烈に眠いのは、早朝起床と同じ理由だと思うのです。
 
体内時計が書き替えられていません。
熟睡時刻や目覚めの感覚がズレたままだからでしょう。
 
これは慣れで進めるしかないです。
朝型は、健康的でもあるのかも?
 
少し慣れてみて、結論を得たいと思えたのです。
問題は、先にも書いたのですが、午後になると眠いことです。
 




 

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最初の一文字 [本・執筆]


 
天才には天才の悩みがあって、凡人には凡人の悩みがあります。
悩めない事を悩む人もいれば、喜ぶ人もいます。
出来る悩みに出来ない悩み、やれる悩みにやれない悩み。
簡単だと思える喜びに、複雑を歓迎する喜びや、その真逆な感情。
人の考え方や感覚は、多種多彩で、人の数だけ濃淡があるものすね。
 
連休だと言うのに、机のパソコン画面を睨んで過ごしています。
時々指先が動きますが、止まっている時間の方が長いです。
調子よく指が動くと思いの外疲れてしまうようで、筋肉痛を手の平に感じ取ります。
 
執筆はいつもこんな感じです。
停まった時には、何でもイイから適当に指を動かして文字を打ってみる。
これが停滞する思考を動かします。
 
小説の指南書に、書きたい事が無くなったらどうするかと問いがありました。
原稿用紙の時代には、何でもイイから文字を書けとあります。
アイウエオでもあいうえおでも構わないそうです。
原稿用紙の枡の中に、文字が入ると不思議と次の文字が出て来るらしいです。
 
パソコンの時代にも有効なようで、自分も掛けないと悩んだら適当な単語を打ち込んでみます。
不思議な事にするとこれじゃないと分って、打ち直して次につながるのでした。
パソコン上の文字は削除が簡単なので、適当な文字を打ちこんでも画面は汚れません。
文字を消して、紙が破れたりもしないのです。
要らないモノは、綺麗に消せてしまえる便利な道具です。
 
4月一杯もの期間を、描けない書けないと悩んで過ごしました。
連休中に意を決してパソコンのソフトから、Wordを立ち上げて適当に文字を打ちこんでみたのです。
何だか分りませんが、スラスラと文字が生み出てきます。
 
これも自動筆記のひとつでしょう。
私は神秘趣向のスピリチュアリストなので、こうした動きは大歓迎です。
神秘な誰かに書かされている感覚も、自分で積極果敢に書いても歓迎してしまいます。
自発的も他発敵でも構わないのです。
 
この状態になると、テーマや意図もありません。
伝えたいテーマが作品内に存在しません。
単に、作品が勝手に生まれてしまうだけです。
もう説明しようがない作品です。
 
何も書けないよりはマシ。
物語に自分のテーマを乗せて、作品を完成させられるのは3作が限界だと言われています。
天才でも5作くらいで頭打ちになるとか。
そこから先は天才も凡才も、作品の質以外に違いが無いとか。
書き続ける才能は、努力と素材選びの取材だけが生命線だそうです。
 
テーマが課題として先渡しされると簡単に取組めます。
オールフリーは簡単みたいですが、執筆慣れする程に地獄の苦行となるのです。
だから作家は享楽や酒、背徳に溺れてしまうらしい。
 
もう何でもいいから書いてみる。
文字選びをしながら、正解を探して進むだけです。
果たして何が出て来るのやら?
始めの一文字が、世界航路の行き先になるのです。
 





 


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