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名月に隠れるものは [道すがら]


名月は観測された写真にはないものです。
心の中にある。

何だか詩人のような物云いですが、今晩見た月で確信しました。

旧暦のうるう月である、後の十三夜。
夕方過ぎまで雲に隠れて見えなかった。
芝居の稽古が終わり、夜更けに見上げた夜空に月があった。
鱗雲の隙間から、名月が自分の心を覗いているのが見えた。
見上げた月に、心を見られたのです。

見ていたけれど、見られていた。
柔らかい青白い光の視線を、心に感じたのです。
冗談ではなく、見透かされたと理解できた。

有能な人に、一見で人物を見抜かれるように。
その瞬間を肌身に感じる。
見られてしまった、無防備な心。


あるいみ無造作に心を開ける自分がいる。
成長したモノだと、感慨に耽る瞬間でもあるのです。
子供の明け透け心を、成長して塞ぐ術を学ぶ。
一般的な人なら、死ぬ時を超えても心を閉ざして見せない。
けれども、芸術家は心象を晒す生き物。
例え月にでも、無防備に自分を晒す。
成長できた証拠なのだと、合点を得るのです。


心象を晒す行為が芸術。
芝居も歌も、絵画も彫刻も書だってそうでしょう。
文学だって同じです。
個人の特性を世に出し、独創性を誇示する。
それが芸術であり、生きる意味だと思うのです。
生きた証でもありでしょう。


月に挨拶しながら、微笑を漏らした私。
月との対話が、一瞬で済んだ瞬間。


青い月は、常に人の世を見て、天空を舞う神なのです。



 

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