リスタート [コラム・ぼやき]
回顧主義は過去に捨てて来ました。
昔は懐かしむとか、失敗に学ぶもので、未来志向に決めたからです。
何度もブログに書いたのですが、大まかな事は決めておく。
昔に逃げ込まないこともその一つ。
そして過去に縛られない、頼らないことも一つの要素です。
でも考えさせられることが多いのです。
今の自分は過去の産物であるということです。
過去の自分が今の自分を作り上げた。
過去の世間が、自分を作り出したのです。
過去が今に影響することは否定できないでしょう。
心理学の根本原理に『過去と他人は変えられない』があります。
自分の過去に縛られるのは嫌ですが、影響は未来永劫途切れません。
つまり逃げられないのです。
ネットで昔の過去を消す請求権が取り立たされたことがあります。
情報は永遠に変化しない。
書き換えられるけれど、それは新しい情報です。
過去が書き替えられた訳では無いのです。
リスタートと言えなくもありません。
モノの良し悪しは個人の判断に拠ります。
判断が変われは望ましくないモノさえ、望ましいものになる。
過去も情報も変わらなくても、今の自分が変わればいい。
仏教の根本原理のひとつです。
変えられるのは今の自分だけです。
ならば過去にしがみ付いても、突き放しても同じこと。
過去は変わらないし、逃げられません。
そのままにして置くしか方法が無い。
時間は逆行しないのですから。
ですから、捨てて来たものに翻弄されても仕方ない。
翻弄されている自分を捨てるしかありません。
自分を翻弄する事柄は、殆どが自分の想い、想念だけ。
実態の無いものです。
お化けや幽霊と同じです。
恐れるに足りないものなのです。
自分に怯える自分があるだけ。
つくずく感じてきたこと。
最近は捨てた過去に脅されて来た。
脅していたのは自分です。
断ち切ればいい、そのままでいい。
最近よく聞くアニメの、劇中歌そのものです。
♪どこまでやれるのか、自分を試したいの♪ です。
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